頑張れない時に考え直すべき一つのこと「私は本当にそれがしたいのか?」

お風呂から上がり深呼吸して、ひんやりとした空気を吸い込んだとき、ふと気付きました。

自分が生まれてから一度も、呼吸しなかった日が無いという事実に。

 

「こんなに長いこと、私(の体)って、頑張れてるんだ・・・」

となんだか不思議に自分を褒めたいような気分になりました。

 

生き物は本当に生きるために必要なことであれば、無意識に体が動いてるんだなあとしみじみ。

 

 

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私は選択肢がある場合には、「好きなこと」以外やりたくない人間です。

なので、自分が関わっているお仕事に対して不満を抱いている日本人が多いことに、日々驚きます。

 

「仕事にやりがいを感じない」

「給料が低い」

「残業が多い」

「上司がむかつく」

 

こういう不満を抱えている人たちの方が、

文句なしに楽しく働いている人々より圧倒的に多いという悲しい現状。

 

そしてだいたいそれらの言葉のあとには、「でも」という接続詞と、

「なんとしてもその状況を継続していかなくてはならない理由」がついてくるのですが。

 

 

こういうご相談をお伺いすると、「じゃあ辞めたらいいよ」とお伝えしたくなります。

 

本当に、「でも」と「なんとしてもその状況を継続していかなくてはならない理由」は必要なのでしょうか?

自分が覚悟を持って行動したくないことに対する体裁のいい言い訳ではないかどうか、立ち止まって自分に問うてみる。

 

今この記事を見つけてくださったあなたは、今の仕事を楽しめずについて悩んでいるのかもしれません。

この機会に、「好きを仕事にする」という手垢も擦切れるぐらい使いまわされた言葉について、真剣に考えてみてほしいと思います。

 

好きなことなら、努力だと思わずに人より何倍も頑張れているというケースがあります。

私の場合絵を描いたり、文章を作ったり、タロットを触ったりしていると、驚くべきスピードで時が過ぎていきます。

1日は3時間ぐらいの感覚で終わってしまいます。

もっともっとやってみたいことがあるのに、時間が足りないことを嘆いていたりします。

 

それは私が、自分で何かを作りだしたり、ひとつのことについてじっくりと考えたりすることが大好きだからです。

ご相談者様からお悩み相談を受ける際、

どうやったら一緒にこの難問を解決できるだろう?

どのアイデアをお出しすることで今よりも前向きになってもらえるだろう?

と考える時なんか、不謹慎ながらわくわくしています。

 

続けることが苦痛ではなく、むしろやっていないと退屈なぐらい、

好きなことだから当たり前のように続けられるのです。

 

自分の熱意に気づいた人から、人生を楽しんでいます。

「生きることにまじめ」な人ほど、呼吸する感覚で仕事もしています。

彼らは意識して頑張ってなんかいないのです。

それが自分の人生に不可欠な喜びのひとつだと知っているから、全力で熱意を注げるのです。

バカだと思われても、蔑まれても、

自分に幸せを感じさせることのできる脳ミソを持っているのは自分だけです。

 

仕事にやりがいを感じなくて嫌なのであれば、やりがいがあると感じられる仕事をするしかありません。

給料が低いと感じているのであれば、もっと稼げる会社に転職すればいいのです。

残業が多いと嘆くのなら、できないことはできないと断ってください。

イラッとくる上司には、10回に1回ぐらいは言い返してやりましょう。

 

このどれもが、なりふり構わずふるまってみれば(あるいは本当はそんなに頑張らなくても)、

実現可能な願望です。

 

できないことを嘆く前に、できる理由を考えていくと、ワークライフを充実したものに変えることができます。

 

そして現状を見直す機会と、ほんの少しの勇気があれば、見える世界を変えることができます。

 

ですが本気でやりたいことに向かって突き進めば、

そこまで頑張ってる感覚なく延々と続けられるので個人的には何よりおすすめです。

 

やりたいことがあるような気がするけど、今から何をどうしたらいいかわからないという方は、

お気軽に鑑定のご相談をどうぞ。

今後の方向性を、さらっとタロットさんに聞いてみましょう。

 

毎日にうんざりしている人は、明日からちょっと自分の日常の見方を変えてみてください。

あなた以外に、その人生を豊かなものにできる人は居ないのです。

 

さあ今日から、共にハッピーに生きましょう。

 

 

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