悩んでいる時には「命のサイクル」を意識してみよう

久しぶりの投稿です〜👻

 

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母になって感じること

先日元気な赤ちゃんが生まれ、母になれました。

しばらくの間、子育てに邁進していました(笑)

毎日てんてこ舞いですが、人生で一番楽しい時期を過ごしています😂

 

さて私の体は、赤ちゃん=「新しい命」を産み出したばかりなんですが、

どうしたことか最近「死」について以前よりも深く考えるようになりました。

病んでいるわけではありません(笑)

 

ではなぜなんでしょうか?

 

 

「命」という奇跡と「死」という普遍

私の場合は、赤ちゃんを授かり、一緒に生活するようになったことで

「人生って一瞬の邂逅なんだな」と以前よりも強く思えるようになったのが理由かもしれません。

 

小さな胸からとくとくと聞こえる速い鼓動。

柔らかくてでも少しかさついた頬。

ほんのり湿った小さなてのひら。

母を探し求めて泣く声。

懸命にお乳を飲む姿。

 

我が子の姿と、一緒に過ごすそんな瞬間を噛み締めようとすればするほどに、

どうやってもそれを引き留めることができないことに気づき、もどかしくなります。

 

私はまだ30数年しか生きていませんが、これまでの人生を思うとそれこそ一瞬のできごとでした。

 

大好きだったセーラームーンのおもちゃがいつの間にか捨てられていたこと、

おばあちゃんがしわしわの手で教えてくれた折り紙のこと、

飼っていた猫がある日交通事故で死んでしまったこと、

母の口紅を弟に無理やり塗って遊んだこと、

初めて携帯電話を買ってもらった時のこと、

大切な友達を計らず傷つけてしまって深く後悔したこと、

一生一緒にいたい人を見つけられたこと、

そして幸せな今がすでに過去になっていっていること。

 

そんな私の愛すべき人生のすべては、まるで瞬きの間に起きたことのよう。

いつも自分が居る今までが一瞬で過ぎ去ってきたように、だからこの先もきっと同じなのでしょう。

 

でもこのジレンマの中にこそ、私たちが紐解くべき真理、みたいなもんがあるんじゃないかなと。

輝く生を実感するためには、死をいつも傍に置いておくということもまた必要なんじゃないかなと。

 

だからこそ「普遍に戻る」ということについて考えることで、その「奇跡」がいっそう輝いて見えてきます。

 

 

人生は、たったひとつのチャンス

私たちの小さな人生は、大きな命というサイクルのほんの一部です。

名もなき無数の命が時間の流れと共に移りゆく中で、たまたま「自分」を得た私たち。

 

それってものすごいチャンスだと思いませんか?

 

私たちは、誰もが死にます。

その瞬間は50年後かもしれないし、明日かもしれません。

考えると、私も絶望的な気持ちになります。

 

だからこそ、限られたいつ終わるかもしれない時間をどう使うかについて、

たくさん考えて出来る限り実行したいなあと私は思います。

 

生んでくれたことに感謝をし、

生まれてきてくれたことに感謝をし、

出会ってくれたこと、

脈々とつないできてくれたこと、

そして最後に私をいつか受け入れてくれることに感謝をする。

 

命のサイクルを意識すれば、なんだか今目の前にあるものすべてが愛おしく思えませんか?

そして命のサイクルを意識していけば、私もこれから少しずつ記事を更新できるかも…(笑)

 

こんな小さなブログですが、定期的に読んでくれている皆様に感謝しています。

これからも、よろしくお願いします♡

 

 

 

(最後まで読んでくれてありがとう❗️)